悟りってなーに? 取りあえずの答

悟りって何?という質問を持っている人に対して、まず私の方からお尋ねしたいのは次のことである。
小さい子供に例えば、次のような質問をされたとしたら、あなたはどんな風にお答えになるだろうか。
「ケイサツってなーに?」
少なくともその答は、国語辞典に書かれているようなものにはなりませんよね。なにせ相手は小さい子供であり、そんな答を返されても、ピンと来ないはずだから。
もっと言うと、彼が求めているのはそういう専門的に踏み込んだ答ではなく、もっと大まかでもよいから、取りあえず今、手っ取り早く分からせてくれるような答であるはずだから。
私なら、例えばこんな風に応えるでしょう。
「悪い人を捕まえる人だよ」
この答には何ら専門的な知識は含まれていないが、間違ってもいない。間違ってさえいなければ彼にとっては、その程度の簡単な答で十分ではないだろうか。
それ以上の知識は、もっと年を取ってからでも遅くはないのだから。もっと言うと、それ以上の知識をここで持ち出されるのは彼にとっては、有りがた迷惑でさえあるかも知れない。
もちろん小さい子供と一口に言っても個人差ってものがあり、中には大哲学者の卵みたいなのもいたりして「僕が求めているのは、もっと形而上的な答なんだよ!」てなことを言うかも知れないが、そんな奴はめったにいない。いたら大成するか乞食になるか、どっちかだろうな。それはよいとして、ほとんどの子供はあの答で納得するだろう。
さてケイサツって何? という質問に対する子供向けの答があるように、悟りって何? という質問に対する門外漢向けの答というものもまたある。
それは当然、悟りへの道に既に足を踏み入れている者向けの答とは異なる。細かく言うと、彼がどこまで悟りへの道に足を踏み入れているかによっても、あるいはまたその質問が発せられた状況によっても、答は異なるわけだが。
その答の中には、「問いが出る前」とか「答が出る前」なんてのもアリだが、そんなことを門外漢に言ったって分かるわけがないだろう。小さな子供に、警察の指揮系統の話をしたって分かりっこないのと同じように。
悟りの門外漢に悟りの何たるかを聞かれたら取りあえず、こんな風にでも答えておきましょうか。
「悟りとは本当の自分を発見することである」
TOP INDEX BACK NEXT