心と真我


O見ている意識も一つだけ

人に前世というものがあるのか否かは意見の分かれるところだろうが、あると想定した上で申し上げるならば、我々の真我は当然のことながら、そこで我々が体験してきたことの一部始終をも見ていたことになる。
一つ前の前世、二つ前の前世、三つ前の前世……一体いくつあるのか分からないそれぞれの前世における、さらには前世と前世の合間に挟まれているとされる複数のあの世における、我々の心身に起こったことの一部始終をも真我は見ていたことになる。
いつから?とおっしゃるならば、我々がこの宇宙に命を与えられた時から、と申し上げるしかない。いつまで?とおっしゃるならば、この宇宙の続く限りいつまでも、と申し上げるしかない。
我々が路傍の石コロやら花やらを有りのままに見ている時に顕在化する真我とはもちろん、その真我である。我々の心身に起こることの一切を見ている真我は一人に一つしかないのだから。
我々は永遠の生命である真我を、路傍の石コロや花などを有りのままに見ることによっても顕在化させ得るのだ。
Pに続く
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