悟りを不確かなままにしておこう
(ひとりリレー説法4)


「今ここに在ること」もまた悟りへの道であることは前回申し上げた通りだが、あなたはご存じだろうか。その「今ここに在ること」の中には「悟りの状態を確かなものにする作業」の停止も含まれていることを。おっとその前に、「悟りの状態を確かなものにする作業って何?」という皆さんの声が聞こえてきそうですね。まずは、それにお答えしておきましょう。
@自分の境地が悟りの状態であるのか否かを確認しようとすること。
A自分の境地を悟りの状態として確定しようとすること。
B悟りの状態を実感したり把握したりしようとすること。
「悟りの状態を確かなものにする作業」という言葉で私が言い表そうとしているのは@ABのような行為のことなのだが、前述のように「今ここに在ること」の中にはこの「悟りの状態を確かなものにする作業」の停止も含まれているのである。言い換えればそれは、「今ここに在ること」ができている時の我々は「悟りの状態を確かなものにする作業」も停止できているということに他ならない。
ところで、「今ここに在ること」の中には前出の@ABのような「悟りの状態を確かなものにする作業」の停止も含まれている理由がお分かりだろうか。一言で申せばそれは、「悟りの状態を確かなものにする作業」は過去を振り返る行為であって、「今ここに在ること」に反しているからである。
ちなみにここに言う過去とは絶対の今から見た過去のことなので、例えば十分の一秒前とか百分の一秒前といった微かな過去もその中に含まれている。一般的には過去という言葉はそこまで厳密な意味合いで使われることは稀だが、ここではそこまで厳密な意味合いで過去という言葉を使っているのだ。一瞬前のような微かな過去でも過去は過去だってことを押さえた上で、あらためて申し上げよう。
「悟りの状態を確かなものにする作業」は過去を振り返る行為であって、「今ここに在ること」に反している。
ここに言う過去を振り返る行為とはより具体的には、一瞬前に存在した自分の境地なり悟りの状態なりを、今ここの地点から振り返る行為ということである。これが「今ここに在ること」に反してないわけはない。
このようなわけで、悟りへの道として知られている「今ここに在ること」を真に実践できるようになるためには我々は、「悟りの状態を確かなものにする作業」を全面的に停止しなければならない、すなわち、その実践の最中において、自分の境地が悟りの状態であるのか否かを確認しようとしてはならず、自分の境地を悟りの状態として確定しようとしてもならず、悟りの状態を実感したり把握したりしようとしてもならないってことである。
言い換えればそれは、不確かな悟りを確かなものにしようとしないことであり、不確かな悟りを不確かなままにしておくことであり更には、悟りを不確かなままにしておくことにおいて、迷わなくなることであり、迷うことなく、悟りを不確かなままにしておくことである。
これに徹すれば徹するほど我々は、真の今ここに近づくことができる。
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