真我は垂直の次元に在り〈後編〉


F再び、悟りとは何か?

あらゆるモノの目撃者である真我はただ一つ自分自身だけは視野に入れることができないので、一般的な意味においては、真我は自分自身を見ることができない、ということになる。「見る」という言葉は一般的には、視野に入れる、という意味で使われているから。
そう言えば、真我に関する決まり文句の一つにこういうのがありましたね。
目玉は自分自身を見ることができないのと同じように、真我は自分自身を見ることができない。
こうした物言いの中で「見る」という言葉が出てくる場合は必ず、「視野に入れる」という含みがあることを知っておかれたい。と同時に、ややこしくて申し訳ないが、もう一つ併せて知っておいていただきたいのは次のことである。
もしも、「見る」という言葉の意味を「視野に入れる」という意味だけに限定せず、より広く取るのであれば、真我は自分自身を見ることができる、とも言える。
真我はモノを見る意識だが、そのモノを見る意識はモノを見る意識自身を、視野に入れるというのとはまた違った形で見ることができるのだから。要するに真我は、一般的ならぬ特殊な意味においては自分自身を見ることができる、ということである。
これについての詳細は〈前編〉で述べておいたが、覚えておられるだろうか。私がここで申し上げたことをまだ十分に飲み込めてらっしゃらない向きには、もう一度読み返してみることをお勧めしたい。
ちなみにそこで私は悟りというものを、真我が自分自身を見ること、という風に定義してもいるが、この定義の中で使われている「見る」が対象を視野に入れるという意味での「見る」じゃないということだけは、何度念を押しておいてもバチは当たらないだろう。
余談だが外国の方で、心の奥深いところで真我を感じ取ることが悟りであるというような説を広めちゃった御仁が居るんですけど、それに対する私の感想を一言だけ述べておきたい。
「皆さん、まんまと一杯食わされましたね!」

Gオマケ

最後にオマケとして、私の言う「成り見る」ことにおける、もう一つの効用を述べておきたい。
色々なことを一辺に申し上げるのもどうかと思い今まで伏せておいたが実は、とてもありがたいことに、成り見ることには感情をポジティブな方向へ持って行く作用もあるのだ。ポジティブな方向へ持って行く作用とは具体的には、ネガティブなものは消去しポジティブなものはますますポジティブなものへと促進する作用のことである。
従って我々は、自分の感情を成り見ることによって、それがネガティブなものならば消去することができるし逆に、それがポジティブなものならば促進することができる。とはいえ、このように申し上げただけではまだピンと来ないでしょうから、ここでもまた様々な感情の中から喜怒哀楽つまり「嬉しい」「ハラが立つ」「哀しい(悲しい)」「楽しい」の四つを例に挙げながら、言葉を足しておきたい。
お察しのように、喜怒哀楽の四つをネガティブなものとポジティブなものに二分するとしたら、「怒」と「哀」は前者で「喜」と「楽」は後者になる。従ってはじめに申し上げたことに照らすと、次のような結論が引き出される。
「怒」と「哀」は成り見ることによって消去される。それに対して「喜」と「楽」は成り見ることによって促進される。
話がうますぎるとお思いの向きもあるだろうが、キッチリやってみれば、それが本当であることがお分かりになるに違いない。前に私は、喜怒哀楽のいずれに対してもひたすら成り見ることをお勧めしたが、その裏にはこのような理由もあったのである。
ただし、これには補足事項がある。
前述のように「怒」と「哀」は一応はネガティブな感情に分類されるものの、それらの中にポジティブな要素は全く含まれてないのかというと実は、そうとも言えないのである。例えば、「怒」にはある種の強さが含まれており、「哀」にはある種の深さが含まれていて、その部分だけを取り出すとポジティブに見える。
では、「怒」と「哀」を成り見ると、その部分はどうなるのだろうか。消去されるのだろうか、それとも促進されるのだろうか。促進される、というのがその答えである。
それにしても、どうしてこのようなことが起こるのだろうか。真我を光にたとえて考えてみると、それに対するヒントが見えてくるような気がする。
真我が光だとした場合、一つの感情を成り見ることは真我という光をそこに当てることでもあるわけだが、心的な世界においては、真我という光の当たったところはポジティブに変化するという法則があるのではないだろうか。もしくは、真我という光は感情などの心的ものをポジティブに変化させる性質を持っているのではないだろうか。ちょうど、この世の光が当たったところを明るくしたり、暖かくしたりする性質を持っているのと同じように。
以上は私なりのツジツマ合わせだが、我々にとって最も重要なのは、そういうことではなくて、感情を成り見ることによって、それをポジティブ化できるという事実の方である。よろしかったら、色々試してみて下さい。

《真我は垂直の次元に在り〈後編〉》おわり

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