『マインド自動浄化法』


C真我と誤認されやすいもの

「裏の領域」のものである「万物を生かし育んでいる根源的な生命エネルギー」といったものと真我とは全くの別物であることを指摘した後でこういうことを申し上げるのも何だとは思いますが、両者には共通点も無いではありません。何だと思われますか。
それは、個体としての自分、もしくは肉体と同一視されている自分から見ると、どちらも「自分を超えた不可視の大いなる存在」に位置づけられるということです。両者は全然別物なのに、どちらも「自分を超えた不可視の大いなる存在」であるという一点では共通しています。それは例えば、完全な例えではありませんが、青色と黄色は全然別の色なのに、どちらも赤色ではないという一点では共通しているようなものです。
個体としての自分から見ると、「自分を超えた不可視の大いなる存在」と言えるのは(少なくとも)二種類あるということですね。しかし、真我探求の道を歩いておられる方々のほとんど全員は、そういうものが複数存在していようなどとは夢にも思ってはおられません。
それを考えますと、彼らが「裏の領域」のものである「万物を生かし育んでいる根源的な生命エネルギー」といったものと真我とを混同してしまわれるのも、無理は無いとも言えます。
ちなみに、そんなに詳しくはないので大きな声では言えないのですが、中国から来た「太極」という言葉は「裏の領域」のことを表しており、同じく中国から来た「無極」という言葉は「第三の領域(つまり真我)」のことを表しているように私には思われます。現在におる「太極」という言葉の認知度の高さと「無極」という言葉の認知度の低さの対比はそのまま、「裏の領域」に比べて「第三の領域」が如何に人々の間に知られていないかということを象徴しているかのようです。
ここまでの話を踏まえて、真我というものをこんな風に説明することもできます。
小さな角度から見ると、この私から体と心を取り除いてもなお残る何か。
大きな角度から見ると、この宇宙から「表の領域(明在系)」と「裏の領域(暗在系)」を取り除いてもなお残る何か。
(※Dに続く)
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